(旧)国際短波放送情報

海外からの日本語短波放送を中心に、メディア関連の様々な話題を紹介します

2019年01月

イメージ 1

2019年2月の主な動きや歴史などを見ると,次のようなものがある。
これらの関係国から送られてくるニュースや解説番組,特別番組などに
注目したい。

2月 1日(金) 米VOA放送開始から77年
           http://www.insidevoa.com/p/5829.html
2月 1日(金) NHKテレビ本放送開始から66年
2月 3日(日) ベトナム共産党創設から89年
2月 3日(日) エルサルバドル大統領選挙
2月 3日(日) ローマ教皇がアラブ首長国連邦訪問
2月 3日(日) 日本・アルゼンチン友好通商航海条約締結から121年
           http://www.ar.emb-japan.go.jp/ContenidoJP/07.TurismoDetallesJP.htm
2月 4日(月) ヤルタ会談から74年
2月 5日(火) 中国,台湾,韓国,モンゴルなどで旧正月
2月 5日(火) 米大統領、上下両院合同会議で一般教書演説
2月 5日(火) スリランカ独立から71年
2月 7日(木) ベルリン国際映画祭開幕
2月 8日(金) 北朝鮮人民軍創建日 (建軍節)
2月10日(日) 岡田嘉子さん (元 「ロシアの声,モスクワ放送」 アナ,女優) 没後27年
2月10日(日) 米グラミー賞授賞式 (ロサンゼルス)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月11日(月) イラン,イスラム革命から40年
2月12日(火) RAE・アルゼンチン海外向け放送局開局61周年
           http://www.radionacional.com.ar/rae%E9%96%8B%E5%B1%8059%E5%91%A8%E5%B9%B4/
2月13日(水) World Radio Day (ユネスコ採択)
           http://www.diamundialradio.org/
2月13日(水) キム・ジョンナム (北朝鮮最高指導者の異母兄) 殺害から2年
2月15日(金) ソ連のアフガニスタン完全撤退から30年
2月15日(金) ミュンヘン安全保障会議 (独・ミュンヘン)
2月16日(土) ナイジェリア大統領選挙
2月16日(土) キム・ジョンイル (北朝鮮・前総書記) 生誕日(?)
2月17日(日) KBSパーソナリティ・金哲秀さん急逝から1年
2月18日(月) 米・プレジデント・デー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月21日(木) 米大統領ニクソン訪中から47年
2月22日(金) NZ・クライストチャーチ大地震から8年
2月24日(日) 沖縄県 「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票」
2月24日(日) セネガル大統領選挙
2月24日(日) モルドバ議会選挙
2月24日(日) キューバ・改憲案を問う国民投票
2月24日(日) 米アカデミー賞授賞式 (ロサンゼルス)
2月24日(日) EU・アラブ連盟首脳会議 (エジプト・シャルムエルシェイク)
2月25日(月) Radio Canada International 放送開始から74年
           http://www.rcinet.ca/en/2014/11/28/rci-70-years/
2月25日(月) ラジオ・タイランド設立から89年
           http://www.abu.org.my/Latest_News-@-Radio_Thailand_marks_its_88th_anniversary.aspx
2月28日(木) 米VOA日本語放送廃止から49年
           http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/20907965.html
           http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/20908014.html
2月28日(木) 台湾 「二・二八事件」 から72年

注1.2月7日は、日本政府が定める 「北方領土の日」 であるが、ロシアのラブロフ外相は 「日本が
国内法で 『北方領土』 と規定していることは受け入れられない」 と述べ、名称変更も迫ったとの
報道もあり、日本政府の対応が注目されている。
https://www8.cao.go.jp/hoppo/henkan/02.html

注2.1997年2月9日,マルタの 「地中海の声」 が日本語放送を開始した。
同放送は,2003年12月31日を以って終了した。

注3.上記画像は,「やまがた観光情報センター」 の写真を使用しています。
     http://yamagatakanko.com/
     https://ssl.yamagatakanko.jp/photogallery/kanko_imglist/01nat.html

イメージ 1

KBS日本語班から、ベリカードが送られてきた。
カードの写真は、2018年8月に行われた、南北離散家族再会行事で顔を
合わせた姉妹の表情を写したものである。カード裏面では、「南北の姉妹」
と題して、次のようなに解説している。
  南北の分断から70年。2018年の南北離散家族再会行事でついに
  顔を合わせた姉妹。
  北韓側89歳のお姉さん力ンホレ(左)さんと韓国側87歳の妹力ン・
  ドウリさん。やがて訪れる別れまでのひとときを惜しみます。
  韓半島に真の平和の時代が開かれ、南北の人々が自由に行き来できる
  日が訪れることを願います。

KBSのホームページは次のとおり。
http://world.kbs.co.kr/service/index.htm?lang=j

◆ このカードは、2018年11月の番組でお便りが紹介されたことを知らせるものゆえ、
「2018年用」 のものと思われるが、今年に入ってから届いていることから察すれば、
もしかしたら、「2019年用」 のものかも知れない。何れにしても、「玄界灘に立つ虹」
などで、このカードについて解説されるのを待ちたい。
因みに、2018年10月の受信報告に対して、12月に送られてきたベリカードは 「南北
首脳会談」 の写真だった。
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36331233.html

イメージ 1


「モンゴルの声」 は1月20日の日本語課設立30周年を記念して、21日と
22日に特集番組を放送した。22日は、ニュースに続く特集番組が琴の演奏で
始まり、日本語課スタッフのオドゲレルさんが、先輩スタッフ2名の想い出メッ
セージを挟んで、日本語課30年の歴史を振り返った。なお、聴き取れなかった
部分は(?)又は〇〇〇としてある。
***********************************************************************
モンゴル公共ラジオ局の一部となる「モンゴルの声」ラジオ国際放送部は1964
年に「ラジオ・ウランバートル」という名前で短波放送を開始してから、現在は
モンゴル語、日本語、英語、ロシア語、中国語という5ヵ国語で、放送を世界に
向けて発信しています。
「モンゴルの声」ラジオ国際放送部日本語放送課は、1989年1月20日から
日本に向けて日本語の短波放送を開始しました。
***********************************************************************
ここで、日本語放送課スタッフの一員だった、先輩のボロルトヤさんの想い出話を
お聴きください。
   「モンゴルの声」放送局のスタッフの皆さん、そして、リスナーの皆さん、
   30周年、おめでとうございます。
   私は、2007年から2010年の間、当放送局に所属していたボロルトヤ
   です。
   当時は、モンクザヤ(?)さんとボルガンさんの下で、番組を担当させて
   いただいていました。

   当時を振り返りますと、私は、日本で3年間、高校生活を送り、その後、
   モンゴルの国立大学で、モンゴル研究科を卒業したのですが、それだけで
   採用していただいたんですが、実際、30分間の番組の担当になると、毎日
   がパニック状態でした。
   と言うのは、先ずは、最初の10分間のニュースを用意するのに、私の、
   高校の日本語のレベルでは、モンゴルの経済や政治のこと、日本人が興味を
   持つようなことを考えて、日本人に伝えられるようにするには、とても
   大変でした。

   何とか、辞書を引きながら、原稿を起ち上げて、ボルガンさんに、いつも
   チェックを
   していただいたのですが、ボルガンさんの目が通ると、とても適切な日本語
   で、私の、ダラダラとした、子供みたいな日本語じゃなくて、ちゃんとした
   ニュースになって、返ってきていました。さすが、経験豊富な先輩に恵まれて
   いたので、そこで、沢山のことが勉強になりました。本当にお世話になりました。

   番組の後半では、モンゴルのことを紹介するコーナーがあるのですが、それも、
   テーマ選びから、どのようにすればリスナーが楽しめるかを考えるのに、
   一苦労していました。
   当時は、人手が足りなかったこともあるし、国営ラジオ局の経費も限られて
   いたので、あまり、外を回って、現場でナマの声を伝えることが出来なかった
   ので、リスナーには、申し訳なかったなあと言う気持ちです。

   それでも、番組の後に、リスナーの方から、沢山の質問や感想文が届くと、
   一層嬉しくなって、やる気が増えて、次はどうしよう、次はどんなテーマに
   しようという風に、皆んなで話し合って、番組を続けていました。

   今だから言えるのですが、たまに、日本で、遠出をするときとか、運転を
   しながら、ラジオを聴いていると、やっぱり、ラジオは楽しいですね。

   一つの番組を起ち上げるのに、技術者や編集の方、ナレーション、アナウン
   サーなど、沢山の方々が協力して、とても完成度の高い番組を作り上げて
   いるのを、日本に来てから知って、「当時は、何を作っていたのかなあ」と
   いう気持ちがいっぱいになりました。

   それでも、「モンゴルの声」は、今でも、モンゴルの情報を発信し続けて
   いるので、リスナーの方々にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

   当時、想い出になったことは、私は、個人の用で、日本に来たときに、
   リスナーにお会いできたこと、とても光栄でした。
   突然、ホソヤ・マサオさんに声を掛けたところ、快く受け入れてくれて、
   お家までお邪魔させていただいて、インタビューして、奥さんの温かい
   手料理をいただきながら、番組を作っていたことが、今でも忘れられません。

   この3年間は、本当に充実していました。日本で暮らしていて、毎日が、
   決められたこと、日本の社会のいろいろ決められたこと、会社でもいろいろな
   ルールや、いろいろなことに縛られながら、何とか生きているのですが、
   モンゴルのラジオ局にいたときは、人手が足りないとか、経費が限られて
   いることもありましたが、それでも、私たちは、出来る限りのことを自由に
   出来ていたので、とても恵まれていたと思います。

   当時はアナログで、電波によって番組を受けとるのは、大変な時もあった
   と思うのですが、今は、インターネットの普及で、その点では、技術はよく
   なったと思います。情報が溢れることになっても、モンゴルのことも、身近な
   いろいろな情報が手に入るようになったと思うのですが、「モンゴルの声」は、
   30年前と変わらず、一番新しい情報を、とても正確に、リスナーの許に伝え
   ているので、これからも、「モンゴルの声」をよろしくお願いします。
***********************************************************************
最初、一週間に2回、30分間の番組を放送していた日本語放送は、一週間に3日、
2000年から4日間の番組を放送し、現在は、再放送も含め、毎日、発信されて
います。
われわれは、政治、社会、経済、歴史、文化という、すべての分野で起きている
出来事から、なるべく最新で、面白くて、有意義な情報を選び、ラジオ放送のあら
ゆるジャンルで、番組を制作しています。
皆様がご存知のように、一日に2回の放送があり、最初の放送は日本時間で19時
30分から、周波数12085kHzで、再放送は零時から12015kHzで、
30分間の放送をしています。
平日の番組は、最初の10~15分間は最新ニュース、残りの15~20分間は
モンゴルに関する様々な話題を番組にして届けています。以前は、テープ収録で
したが、最近はデジタル化されました。
デジタルになった結果、収録時間が短縮されました。

番組を聴いたリスナーたちは、日本語放送課に積極的に受信報告書を送ってくれ
ます。受信報告書には受信状態だけでなく、ニュースや番組に関するご感想が
書かれており、次は、モンゴルの何を知りたいのか、どんな番組を聴きたいのか
が、細かく綴られています。
日本のすべてのリスナーと面会したことはありませんが、番組とお便りを通して、
既に親友のような関係を築いています。日本のリスナーたちも、それぞれの生活、
人生経験、喜びや悲しみ、国際問題まで、打ち明けてくれます。
リスナーからのお便りは、私たちスタッフの励みになり、また、一日の仕事を振り
返って、反省するキッカケにもなっています。リスナーから、一週間に、平均して
10~30通くらいのお便りが寄せられてきます。ここ数年で、Eメールの数も
増えています。
***********************************************************************
ここで、日本語放送課スタッフの、もう一人の一員であった、エルヘン・バヤル
さんの想い出話をお聴きください。
   皆さん、こんにちは。バヤルです。久しぶりです。
   また、お会いできて、すごく嬉しいです。皆さんも、元気でいらっしゃい
   ますか。
   突然、私が現れた理由は、今年は「モンゴルの声」ラジオ放送部日本語
   放送課の30周年の記念日に因んで、前、働いていた方々の想い出の番組
   を作られているということです。
   先輩たちと比べて、3年しか、短い間に、働いていなかったけれど、私に
   とっては、大変長く、楽しく過ごした時間でした。
   
   2011年11月に、ラジオ局に働き始めました。
   最初は、リスナーの皆さんからのお手紙を一生懸命に訳して、報告したり
   していました。
   その時、部長のボルガンさんが、ラジオ放送をしているのを見て、
   「すごいね」と思っていましたが、まさか、自分も実際に番組を放送する
   ことになると思ってもいなかった。
   で、ある日、その日が訪れ、実際に番組を作り、放送することになりました。

   初めてマイクに向かって、座って、番組を録音する時は、すごく、ものすごく、
   緊張しました。
   もちろん、前には〇〇〇したけれど、30分の番組を読む間に、何十回も
   読み間違いや、他のミスを犯したので、1時間半もかかりました。すごく
   大変でした。

   それから、いっぱい経験し、先輩の方々がいろいろ教えてくれたおかげで、
   だいぶ慣れてきた
   ので、経験を積んでからは、友だちに「俺はラジオのアナウンサーになれた
   ぜ」と自慢話をするようになりました。時々、今も、そう言う自慢話をしたり
   するけど、今、ここで、先輩たちの前で、こう言うのも、ちょっと恥ずかしい。

   私が働いている間に起きたすごいことと言えば、25周年に因んで、東京と
   大阪での「リスナーの集い」でした。先輩たちが言うには、今までは、その
   ような活動はありませんでしたと言うので、驚きました。
   私にとっても、先輩たちにとっても、良い経験になりました。実際に、リス
   ナーたちとお会いできるのは、嬉しいけれども、ちょっと怖かったです。

   もちろん、その日に、仕事の都合や、東京と大阪から離れている場所に住んで
   いる方々も、会いたかったと思いますけれど、私たちは、時間が短く、経済的
   なこともあったので、他の県には行けなかった。でも、その時、来てくれた
   リスナーたちに、大変感謝しております。
   特に、「リスナーの集いに、仕事があるので参加できませんが、どうしても
   会いたい」と言って、駅まで来てくれたウエムラ・アキオさんもいます。その
   気持ち、感動しました。
   また、ホソヤ・マサオさんも、リスナーの集いに大変世話になってくれました。
   感謝しております。
   大阪でのリスナーの集いは、台風のため中止したけれど、台風があるにも
   かかわらず、コハラ・ミキオさんが来てくれました。すごく感動しました。
   このような、すごい想い出は、沢山あります。
   これからも、リスナーの皆さん、よろしくお願いいたしす。
***********************************************************************
スタッフのわれわれは、お便りを送ってくださったリスナー全員に、受信確認証
を送るよう心がけています。
2018年に、リスナーからのお便りは、Eメールを除いて、400通くらいで
した。
大阪府のオリタ・ヤヨイさん、石川県のオオクチ・タカシさん、兵庫県のエム・
ヨンさん、福岡県のホカムラ・フミトさんを初めとする、沢山のリスナーから
お便りが送られてきました。
本当に有難うございました。これからも、沢山のお便りをお待ちしております。
また、石川県のリスナー、オオクチ・タカシさんは、ときどき日本語放送課に
国際電話を掛けてくれます。モンゴル語を交えながら、石川県の天気や現状を
伝えたり、われわれから、モンゴルの日常生活や天気について聞いたりして、
楽しい会話をします。
スタッフの私たちに、心を込めて、プレゼントまで送ってくださるので、とても
親しく感じます。

日本のリスナーたちが、一番楽しみにしている番組は、毎週日曜日に放送される
「ウィークエンド・スペシャル」です。リスナーからの質問にお答えする、この
番組の聴取率は一番高いです。
われわれは、質問にちゃんと答えるため、〇〇〇する組織や個人も取材したり、
新聞や著書を調べたり、インターネットから情報を得たりするなど、沢山の情報
源を元にし、番組を制作しています。
毎週、日本の隅々から飛んでくるお便りは、われわれの番組のテーマになって
くれるのです。
わが日本語課の30年間の歴史は、常連および新規のリスナーたちと、直接関連
しています。
きょうの番組では、「モンゴル声」ラジオ国際放送部日本語放送課の30周年に
因んだ番組をお届けしました。 (特集番組は、箏の音で締められた)
***********************************************************************
( 上記メッセージ関連記事 )
リスナー訪問 : https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/23265261.html
東京・大阪のリスナーの集い : https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/34059828.html

◆「モンゴルの声」日本語課設立30周年関連記事一覧
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36372844.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36378799.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36379664.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36380639.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36381676.html

◆「モンゴルの声」 日本語放送のスケジュールは次のとおり。
19:30-20:00 JST 12085 kHz
24:00-24:30 JST 12015 kHz

◆「モンゴルの声」 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://www.vom.mn/ja

イメージ 1

「モンゴルの声」 は1月20日、日本語課設立30周年を迎え、21日と22日に特集
番組を放送した。先ず、21日の番組では、日本語課スタッフのグァツェツェグさんが、
先輩スタッフのお祝いメッセージを紹介しながら、日本語課30年の歩みを、概ね次の
ように振り返った。なお、人名などで聴き取れなかった部分は(?)としてある。
***********************************************************************
わが 「モンゴルの声」 海外放送部は、公共ラジオ局の一部で、1964年に 「ラジオ・
ウランバートル」 と言う名前で短波放送を流したのが始まりです。当時は、中国向けの
放送しかありませんでしたが、1964年10月1日から、モンゴル語、ロシア語、中国
語、英語、仏語、カザフ語で放送し始めました。1989年1月20日に、日本向け日本
語放送を開始しました。現在は、モンゴル語、日本語、英語、ロシア語、中国語という
5カ国語で放送し、外国と交流する努力は続けられています。
***********************************************************************
「モンゴルの声」ラジオの日本語課の設立者の一人で、1994年から2000年まで、
日本語課の課長を務めていたボルマーさんの想い出話からお届けしましょう。
   1988年の秋、女性アナウンサーとして、私、ボルマーと、男性アナウンサーとして、
   今は、日本研究家として知られているトゥムルバートルさんが選ばれ、先輩スタッフの
   ダシムニ(?)さんと、3人で日本語課を設立しました。
   正式には、1989年1月20日に、初の日本語放送を日本に向けて発信することに
   なったので、番組制作に取り組みました。番組表どおり、モンゴル語の資料を日本語に
   訳し、ダシムニ(?)さんが直してくれます。
   その資料を持って、オオヌキさんの家へ行くと、オオヌキさんはおもてなしをしながら、
   日本語らしい日本語の文章にして、直したりしました。こうして出来上がった原稿を、
   トゥムルバートルさんと二人で、もう一回書き写し、読み上げる練習をしてから、監督の
   バンザラクチ(?)さん、上監督のダワドルジェ(?)さんが収録してました。
   フィルムに録音された番組を放送部門に渡し、1月20日に発信される初番組を、日本の
   リスナーたちと一緒に、わくわしながら聴いたことがあります。その後の、日本のリスナー
   たちからのお便りも、待ち遠しかったです。
   ダシムニ(?)さんが訳した、監督のバートルさんのラジオ劇が、NHK国際ラジオ放送
   のコンテストで優勝したのは、私たちにやる気を起こさせてくれた、大きな出来事となり
   ました。
   日本語課で働くスタッフは、大学で日本語を専攻した若者たちから選ばれた者を雇用し、
   番組の制作方法などを教えます。また、日本で1~2年間の研修を受け、日本語を学んで
   いました。1994年から2000年までは、トゥムルバートル、ドナ(?)、オドントヤ、
   イルテンゲルレ(?)、ムクザヤ(?)の5人が日本に行き、日本語も上達し、良いアナウン
   サーになってきました。
   JICAからは、2回も日本語の専門家が派遣したのが、われわれの番組の制作方法、日本語
   能力が上達するのに役に立ちました。
と、ボルマーさんが述べました。ボルマーさんが担当する、日曜日の特別番組もNHK国際ラジオ
放送のコンテストで3位に入りました。
***********************************************************************
ここで、≪日本語放送の開始初日に流れた番組の受信音源≫ が流れる

皆さん、如何でしたでしょうか。
多分、多くのリスナーにとって、懐かしい想い出だと思います。現在アメリカに住んでいる短波
放送愛好家・尾原栄さんの送った「ウランバートル放送」日本語放送を開始した1989年1月
20日の受信音のテープでした。尾原さん、どうも、有難うございました。(下記:注を参照)

猪瀬泰美さん、オオサワ・ハルミさん、川崎眞さんらのNHKの3人の専門家が勤め、通訳、
エディターたちの専門職育成にも高く貢献したのです。

設立してから、日本以外にも、中国、韓国、ロシア、オーストラリア、フランス、アメリカなど、
世界の沢山の国々のリスナーから手紙をもらっています。リスナーの意見、感想、希望、励まし、
批判が書かれた手紙は、1年に、平均で1000通、寄せられてきます。ここ数年、Eメールの
手紙の数も増えています。
***********************************************************************
モンゴル公共ラジオ局に50年余り勤めたうち、「モンゴルの声」海外放送部には20年間くらい
勤めた、監督バントルチェ(?)さんの話をお聴きください。
   リスナーの皆様に、日本語課設立30周年記念日に、ラジオ放送でお会いすることが出来て、
   嬉しいです。
   私は、日本語は解りませんが、放送の開始言葉と終了する時に言う言葉を習おうと考え、
   「こちらはウランバートルです」、「こんにちは」、「さようなら」などの言葉を、冗談で
   言っていました。監督、エンジニア、通訳、アナウンサーの役割は高かったです。
   当時、良い番組を作るため、番組の内容や、どう書いたら良いかについて、互いに良く
   話したり、相談したりしました。
   日本語課が設立されたばかりの時期は、モンゴルで民主化運動が起こり、外国と交流も進んで
   いた、自由でオープンになっていた時期でした。
   エンジニアや、ダワードジュという若い上監督と一緒に、日本語の放送収録をしました。
   当時、ダシムニ(?)さんが提案し、日本のリスナーを対象にモンゴルの民謡、青空、美しい
   自然について、曲や、カッコーナンジル(?)、ハンバルグテーヤ(?)、透明なパネルという
   小説を、ラジオのジャンルに入れ、収録しました。
   最初は20分で、番組を作り、ニュースを主に入れました。
   日本語課設立30周年を心から祝福いたします。
と、ベテラン監督バントルチェ(?)さんが語りました。
***********************************************************************
放送は、初めは2日分、次に3日分、2000年から4日分を作成し、再放送も含め、毎日放送
しました。近年は、6日分作成して、放送することになっています。平日の番組は、最初の10分
はニュース、残りの20分はモンゴルの伝統、文化、教育などを紹介します。

前は、テープで収録しましたが、2010年からデジタル形態に移りました。
番組を聴いたリスナーは、わが放送課に受信報告書を送ります。
手紙には、受信状態と番組の感想などを書いてくださいます。
リスナーからの手紙は、私たちの励みになり、また、反省にもなります。
受信報告書を送ってくださった、全ての方に受信確認証を送ります。
***********************************************************************
モンゴル公共ラジオ局で、25年間勤めて、現在、モンゴル文化芸術大学所属のラジオ・テレビ・
メディア芸術大学で教師をしている、ベテラン監督ボロロさんのご感想をお聴きください。
   日本の皆さん、こんにちは。
   私は1995年から6年間くらい、「モンゴルの声」海外放送部に勤め、ナランゲレル(?)
   という監督と一緒に5ヵ国語の放送を収録したのです。
   日本人の専門家、猪瀬泰美さんは、1997年と1998年に、われわれと一家族になり、
   日本語課に勤めました。猪瀬さんは、明るくて、元気な人でした。1998年に、ムクザイラ(?)
   さんが制作した「ストリート・チルドレン」についての、2つのシリーズ番組は、NHK主催の
   国際日本語放送コンテストで1位に輝いたこともあります。その番組の監督として務めたのは、
   今、振り返ってみると、嬉しいです。
   日本語放送だけでなく、モンゴルのラジオ局の歴史に残る、大きな出来事と言えば、モンゴルの
   ラジオ局と日本のNHKラジオが協力し、モンゴルから、9時間の生放送をしたことです。
   1997年9月15日に、NHKラジオの記者、ナカムラさん、アナウンサーのムカエ・ヤスコ
   さん、日本語課のスタッフのオドントヤさん、イルテンゲレル(?)さん、ボルマーさんたちが、
   朝から晩まで、モンゴルを紹介しました。沢山の日本人がお聴きになり、素晴らしい番組だったと
   評価されました。
   スタジオの中、遊牧民の家、スフバートル広場から生中継され、前大統領バガバンディ氏や
   元・旭鷲山(バトバヤル)さんのお母さん、長唄歌手のコノルバントル(?)さん、日本の有名な
   作家、司馬遼太郎の本を翻訳したことで有名なツブルマーさんなどが、番組へのゲストとして参加
   しました。
   「モンゴル国」という9時間の生放送は、モンゴルを宣伝する大きい役割を果たし、モンゴルの声
   ラジオのリスナーの数が増えた、大切な活動になったと思います。
   また、日本語で出版された、モンゴルの歴史に関する著書「ゲンショウギシン(?)」を、日本人の
   専門家・猪瀬さん、オオサワさんと、日本語課スタッフは、日本語で読み上げ、日本人のリスナーに
   届けました。
   モンゴルの歴史書を、シリーズ番組として放送しました。私は日本語が解らないのですが、「ます」、
   「です」というと、文が終わっているというのが解りました。
   モンゴルには、「健康でいるのは、何よりも大切だ」という言葉があります。
   リスナーの皆さん、身体に気を付けて、健康にいて、長生きをしてくださいと祈りたいです。
   皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
と、ボロロ監督が語りました。
当時、この生中継を2000万人のリスナーが聴いたという調査結果があります。日常番組以外、2001~
2003年に、日本の短波放送ラジオ局BS社(注:BSコミュニケーション社?)と協力し、月に4~5回
の番組を日本に放送しました。この番組の特徴は、テレビで放送したことで、良く聴こえたと、日本のリスナー
が感謝したとのことです。

きょうは、「モンゴルの声」海外放送部・日本語課設立30周年記念日に因んだシリーズ第1回をお届けしました。
***********************************************************************

◆(注) この番組で紹介された放送音源は、短波放送愛好家・尾原栄さんが提供したもので、
この音源に関連する興味深い話題の数々は、ご自身のブログ 「海外短波放送 音声ファイル」
で紹介されているので、ご一読をお薦めしたい。
https://shortwaverecording.blog.so-net.ne.jp/2019-01-26

尾原さん、ブログのリンクをご承諾いただき、有難うございます。
益々のご活躍をお祈りいたします。

「モンゴルの声」 日本語放送のスケジュールは次のとおり。
19:30-20:00 JST 12085 kHz
24:00-24:30 JST 12015 kHz

「モンゴルの声」 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://www.vom.mn/ja

◆「モンゴルの声」日本語課設立30周年関連記事一覧
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36372844.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36378799.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36379664.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36380639.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36381676.html

昨年12月に、旧ソビエト連邦の大衆音楽事情を紹介する書籍 「ソ連歌謡」 が刊行され、これを
記念するトークイベントが、2月5日(火)21:00~23:30に、ライブストリーミングスタジオ兼
チャンネル 「DOMMUNE」 で行われる。同書の著者・蒲生昌明さんと出版元・パブリブの濵﨑さん
がナビゲーターとなって、動画を交えながらトークショーを展開するもので、モスクワ放送 (「ロシア
の声」 の前身) でも取り上げられた、懐かしい音楽も用意するという。
モスクワ放送ファン、ソ連歌謡ファンにとっては、見逃せないイベントである。
「DOMMUNE」(ドミューン) のホームページは次のとおり。
http://www.dommune.com/
http://www.dommune.com/about/

( 当ブログ過去関連記事 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36320015.html

◆ 蒲生さん、イベント関連情報をいただき、有難うございました。
  盛会をお祈りいたします。

イメージ 1

「モンゴルの声」 は1月20日、日本語課設立30周年を迎え、お便り紹介番組
「ウィークエンド・スペシャル」 は記念特集で、その中で、日本語課長・ボルガン
さんは、同局の現在のロゴと旧のロゴについて、概ね次のように解説した。
なお、人名は聴き取れない部分があったので、(?)としてある。
(画像 左:旧ロゴ 右:現在のロゴ)

ここで、「モンゴルの声」 のロゴについて、ご紹介します。
現在使用されているロゴは、2014年に、わが 「モンゴルの声」 海外放送部の
設立50周年に因んで、新たに作られたものです。
2014年5月に 「モンゴルの声」 の新ロゴを選定するコンクールを行いました。
このコンクールには、2名が9つの作品で応募し、ムンフルトル(?)さんの作品が
選ばれました。新しいロゴは、同年9月から公式に 「モンゴルの声」 のロゴとして
使われるようになりました。

ロゴの意味は、鳥、太陽、山で、"Voice of Mongolia" の "VOM" という文字を表現
しました。そして、山は 「永遠に続く」、太陽は 「ラジオの電波」、鳥は 「はるか遠く
の国々に "モンゴルの声" を届ける」 と言う意味を重ねて表現しています。

なお、以前使われていた 「モンゴルの声」 のロゴは、皆さん、ご存知でしょうね。
それは、地球の上を走っているモンゴル馬、そして、地球と馬を合わせて見ると、
モンゴルの地図が表現されていました。

ロゴの意味合いは、モンゴル馬が "モンゴルの声" を代表し、世界各国に届けている
という意味でした。その絵を描いた人は、モンゴル公共ラジオ局の 「新世紀」 という
国内放送部のスタッフで、モンゴルの有名な詩人、コシミトルチェ(?)さんでした。

ロゴの解説に続き、ボルガン課長は、「この歌は、わが 『モンゴルの声』 海外放送部の
イメージソングではありませんが、われわれ日本語課スタッフが同じ名前であること、
われわれの目的と同じく、モンゴルを外国に紹介している内容の歌なので、この歌を放送
します」 というコメントを入れて、グループ歌手が歌う "Voice of Mongolia" という曲を
流した。

「モンゴルの声」 日本語放送のスケジュールは次のとおり。
19:30-20:00 JST 12085 kHz
24:00-24:30 JST 12015 kHz

「モンゴルの声」 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://www.vom.mn/ja

◆「モンゴルの声」日本語課設立30周年関連記事一覧
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36372844.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36378799.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36379664.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36380639.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36381676.html

イメージ 1

KBS日本語放送の新しい校閲委員に就任した小須田秀幸さんが、2月9日放送の
「土曜ステーション」 にゲスト出演する。同番組のパーソナリティ・浅田絵美さんが
1月26日放送の番組内で告知した。
小須田さんに聞きたいこと、やってほしいこと等々、様々なリクエストを、2月5日まで
に送ってほしいと呼びかけた。
小須田さんのプロフィールは、次のサイトに掲載されている。
http://world.kbs.co.kr/service/about_member.htm?lang=j

KBS日本語放送のホームページは次のとおり。
http://world.kbs.co.kr/service/index.htm?lang=j
http://world.kbs.co.kr/service/program_main.htm?lang=j&procode=one

イメージ 1

「モンゴルの声」 は1月20日、日本語課設立30周年を迎え、お便り紹介番組
「ウィークエンド・スペシャル」 の中で、日本語課長・ボルガンさんがリスナーに
向けて、次のような感謝のメッセージを放送した。

リスナーの皆さん
日本語課設立30周年、おめでとうございます。
今年、2019年は、わが日本語課の設立30周年にあたります。
1989年の創設以来、日本向けに、モンゴルの歴史・文化、伝統・習慣、政治・経済
問題や社会のリアルタイムなニュースを初め、多様な情報を、毎日30分の放送として
お送りし続けてきました。

自由化後の 「ストリート・チルドレン」 の問題を、一番初めに日本に伝えたのも、私たち
の放送でしたし、今も、日本には伝わらない、「現在のモンゴルの事情を発信する放送」
としての役割を果たしています。

受信報告や聴取者の感想やご意見は、日本の他、中国、韓国、ロシア、ブラジル、インド、
インドネシア、オーストラリアなどの国々から郵便やメールでお寄せいだたいています。
お便りの数は、年間、平均で100通で、徐々にですが、増えています。
2011年からは、インターネットで 「モンゴルの声」 日本語課の放送が聴けるように
なりました。聴いてみようかなあと考える方は、http://www.vom.mn/ja のウェブサイト
に入ってみてください。

日本語課の、この30年の間には、合わせて20人余りのスタッフが働いて来ました。
また、この間、JICAから、合わせて3人の専門家が赴任されて働き、日本語課スタッフが
作った番組原稿を、文章と文法の面で直していただいて、放送していたため、番組の内容が
向上しました。

詳細に言えば、1996年と1997年には、NHKから協力隊に参加した猪瀬さん、
1998年には民間ラジオ局から協力隊のオオサワさん、2003年と2004年には、
シニア・ボランティアとして、かつて民放のテレビ番組を作っていた川崎さんが、それぞれ
働いてくださいました。皆んな、ラジオ番組制作のプロで、日本語課スタッフは、専門用語
の使い方などを学んだり、アナウンスの技能も向上することができたり、われわれ通訳、
エディターの専門職の育成のために、たいへん役立っていました。

その後、15年近く、専門家の不在が続き、専門家の代わりに、番組制作の手伝いの方として、
モンゴルに住んでいたクロキさん、コウジ(?)さん、ササハシさん、アベさん、金井さんらが、
協力されていました。

現在は、日本語課には、私、ボルガン、グァツェツェグ、オドゲレルの3人が働いています。
われわれ日本語課スタッフは、モンゴル語課がモンゴル語で作った原稿の中から選択して、
翻訳することがありますが、ほとんど自分たちで番組を制作しています。私たちは、視聴者の
ご要望を中心に、番組を企画しています。視聴者は、国によって文化が違っていることも、
番組制作に影響しているからです。

今まで、リスナーの皆さんからの熱心なご感想、ご質問は、われわれ日本語課の番組作りにも
役立って、私たちの励みにもなってきました。今後も、番組内容の改善などに、大いに参考に
なると考えています。

そのため、日本語課の私たちは、より一層向上を目差し、努力して参る所存です。
いつも、われわれ日本語課スタッフが制作した番組をお聴きくださる皆さんは、われわれにとって、
貴重な協力者と考えています。双方向の関係を、より深めることで、放送を発展させて参ります。
よろしく、お願いいたします。

「モンゴルの声」 日本語放送のスケジュールは次のとおり。
19:30-20:00 JST 12085 kHz
24:00-24:30 JST 12015 kHz

「モンゴルの声」 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://www.vom.mn/ja

◆「モンゴルの声」日本語課設立30周年関連記事一覧
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36372844.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36378799.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36379664.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36380639.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36381676.html

イメージ 1

「トルコの声」 インターネット日本語放送では,1月のクイズを出題していて、
締切日が迫っている。
今月のクイズは、「トルコの世界遺産」 に関するもので,三択問題となっている。
http://www.trt.net.tr/japanese/content/Jin-Yue-Nokuizu

「トルコの声」 日本語放送のトップページは次のとおり。
http://www.trt.net.tr/japanese

イメージ 1

KBS日本語放送のサイトで、昨年12月6日に韓国で公開された日本映画 「人生フルーツ」 が、
一ヵ月以上の長期にわたって上映され、観客動員5万人を突破したと紹介している。
http://world.kbs.co.kr/service/contents_view.htm?lang=j&menu_cate=enternews&id=&board_seq=355718&page=

日本語公式サイトは次のとおり。
http://life-is-fruity.com/

◆「人生フルーツ」 は、観る者の心を温かくしてくれる、秀作である。
ほのぼのとする老夫婦の生き方を追ったドキュメンタリーではあるが、その背景にある、わが
国の経済の高度成長期から現代にいたる社会の在り方を、静かに、しかし、厳しく問いかけて
いる。
画面に溢れる、主人公夫婦の日々の姿に感動しながら、われわれ夫婦のような凡人には真似が
できず、羨ましくも思う、そんな映画である。
この映画が韓国で人気を博しているとの情報に接し、驚くとともに、嬉しくも思う。
最近、日韓関係は、政治的にはギクシャクし始めているが、韓国で日本のドキュメンタリー
映画 「人生フルーツ」 が観られ、日本で韓国のドキュメンタリー映画 「共犯者たち」 が注目
される、こう言った文化交流によって、日韓両国の普通の人々の相互理解が深まっていくことを
願う。

( 当ブログ過去関連記事 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36376237.html

↑このページのトップヘ