
番組を放送した。先ず、21日の番組では、日本語課スタッフのグァツェツェグさんが、
先輩スタッフのお祝いメッセージを紹介しながら、日本語課30年の歩みを、概ね次の
ように振り返った。なお、人名などで聴き取れなかった部分は(?)としてある。
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わが 「モンゴルの声」 海外放送部は、公共ラジオ局の一部で、1964年に 「ラジオ・
ウランバートル」 と言う名前で短波放送を流したのが始まりです。当時は、中国向けの
放送しかありませんでしたが、1964年10月1日から、モンゴル語、ロシア語、中国
語、英語、仏語、カザフ語で放送し始めました。1989年1月20日に、日本向け日本
語放送を開始しました。現在は、モンゴル語、日本語、英語、ロシア語、中国語という
5カ国語で放送し、外国と交流する努力は続けられています。
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「モンゴルの声」ラジオの日本語課の設立者の一人で、1994年から2000年まで、
日本語課の課長を務めていたボルマーさんの想い出話からお届けしましょう。
1988年の秋、女性アナウンサーとして、私、ボルマーと、男性アナウンサーとして、
今は、日本研究家として知られているトゥムルバートルさんが選ばれ、先輩スタッフの
ダシムニ(?)さんと、3人で日本語課を設立しました。
正式には、1989年1月20日に、初の日本語放送を日本に向けて発信することに
なったので、番組制作に取り組みました。番組表どおり、モンゴル語の資料を日本語に
訳し、ダシムニ(?)さんが直してくれます。
その資料を持って、オオヌキさんの家へ行くと、オオヌキさんはおもてなしをしながら、
日本語らしい日本語の文章にして、直したりしました。こうして出来上がった原稿を、
トゥムルバートルさんと二人で、もう一回書き写し、読み上げる練習をしてから、監督の
バンザラクチ(?)さん、上監督のダワドルジェ(?)さんが収録してました。
フィルムに録音された番組を放送部門に渡し、1月20日に発信される初番組を、日本の
リスナーたちと一緒に、わくわしながら聴いたことがあります。その後の、日本のリスナー
たちからのお便りも、待ち遠しかったです。
ダシムニ(?)さんが訳した、監督のバートルさんのラジオ劇が、NHK国際ラジオ放送
のコンテストで優勝したのは、私たちにやる気を起こさせてくれた、大きな出来事となり
ました。
日本語課で働くスタッフは、大学で日本語を専攻した若者たちから選ばれた者を雇用し、
番組の制作方法などを教えます。また、日本で1~2年間の研修を受け、日本語を学んで
いました。1994年から2000年までは、トゥムルバートル、ドナ(?)、オドントヤ、
イルテンゲルレ(?)、ムクザヤ(?)の5人が日本に行き、日本語も上達し、良いアナウン
サーになってきました。
JICAからは、2回も日本語の専門家が派遣したのが、われわれの番組の制作方法、日本語
能力が上達するのに役に立ちました。
と、ボルマーさんが述べました。ボルマーさんが担当する、日曜日の特別番組もNHK国際ラジオ
放送のコンテストで3位に入りました。
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ここで、≪日本語放送の開始初日に流れた番組の受信音源≫ が流れる
皆さん、如何でしたでしょうか。
多分、多くのリスナーにとって、懐かしい想い出だと思います。現在アメリカに住んでいる短波
放送愛好家・尾原栄さんの送った「ウランバートル放送」日本語放送を開始した1989年1月
20日の受信音のテープでした。尾原さん、どうも、有難うございました。(下記:注を参照)
猪瀬泰美さん、オオサワ・ハルミさん、川崎眞さんらのNHKの3人の専門家が勤め、通訳、
エディターたちの専門職育成にも高く貢献したのです。
設立してから、日本以外にも、中国、韓国、ロシア、オーストラリア、フランス、アメリカなど、
世界の沢山の国々のリスナーから手紙をもらっています。リスナーの意見、感想、希望、励まし、
批判が書かれた手紙は、1年に、平均で1000通、寄せられてきます。ここ数年、Eメールの
手紙の数も増えています。
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モンゴル公共ラジオ局に50年余り勤めたうち、「モンゴルの声」海外放送部には20年間くらい
勤めた、監督バントルチェ(?)さんの話をお聴きください。
リスナーの皆様に、日本語課設立30周年記念日に、ラジオ放送でお会いすることが出来て、
嬉しいです。
私は、日本語は解りませんが、放送の開始言葉と終了する時に言う言葉を習おうと考え、
「こちらはウランバートルです」、「こんにちは」、「さようなら」などの言葉を、冗談で
言っていました。監督、エンジニア、通訳、アナウンサーの役割は高かったです。
当時、良い番組を作るため、番組の内容や、どう書いたら良いかについて、互いに良く
話したり、相談したりしました。
日本語課が設立されたばかりの時期は、モンゴルで民主化運動が起こり、外国と交流も進んで
いた、自由でオープンになっていた時期でした。
エンジニアや、ダワードジュという若い上監督と一緒に、日本語の放送収録をしました。
当時、ダシムニ(?)さんが提案し、日本のリスナーを対象にモンゴルの民謡、青空、美しい
自然について、曲や、カッコーナンジル(?)、ハンバルグテーヤ(?)、透明なパネルという
小説を、ラジオのジャンルに入れ、収録しました。
最初は20分で、番組を作り、ニュースを主に入れました。
日本語課設立30周年を心から祝福いたします。
と、ベテラン監督バントルチェ(?)さんが語りました。
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放送は、初めは2日分、次に3日分、2000年から4日分を作成し、再放送も含め、毎日放送
しました。近年は、6日分作成して、放送することになっています。平日の番組は、最初の10分
はニュース、残りの20分はモンゴルの伝統、文化、教育などを紹介します。
前は、テープで収録しましたが、2010年からデジタル形態に移りました。
番組を聴いたリスナーは、わが放送課に受信報告書を送ります。
手紙には、受信状態と番組の感想などを書いてくださいます。
リスナーからの手紙は、私たちの励みになり、また、反省にもなります。
受信報告書を送ってくださった、全ての方に受信確認証を送ります。
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モンゴル公共ラジオ局で、25年間勤めて、現在、モンゴル文化芸術大学所属のラジオ・テレビ・
メディア芸術大学で教師をしている、ベテラン監督ボロロさんのご感想をお聴きください。
日本の皆さん、こんにちは。
私は1995年から6年間くらい、「モンゴルの声」海外放送部に勤め、ナランゲレル(?)
という監督と一緒に5ヵ国語の放送を収録したのです。
日本人の専門家、猪瀬泰美さんは、1997年と1998年に、われわれと一家族になり、
日本語課に勤めました。猪瀬さんは、明るくて、元気な人でした。1998年に、ムクザイラ(?)
さんが制作した「ストリート・チルドレン」についての、2つのシリーズ番組は、NHK主催の
国際日本語放送コンテストで1位に輝いたこともあります。その番組の監督として務めたのは、
今、振り返ってみると、嬉しいです。
日本語放送だけでなく、モンゴルのラジオ局の歴史に残る、大きな出来事と言えば、モンゴルの
ラジオ局と日本のNHKラジオが協力し、モンゴルから、9時間の生放送をしたことです。
1997年9月15日に、NHKラジオの記者、ナカムラさん、アナウンサーのムカエ・ヤスコ
さん、日本語課のスタッフのオドントヤさん、イルテンゲレル(?)さん、ボルマーさんたちが、
朝から晩まで、モンゴルを紹介しました。沢山の日本人がお聴きになり、素晴らしい番組だったと
評価されました。
スタジオの中、遊牧民の家、スフバートル広場から生中継され、前大統領バガバンディ氏や
元・旭鷲山(バトバヤル)さんのお母さん、長唄歌手のコノルバントル(?)さん、日本の有名な
作家、司馬遼太郎の本を翻訳したことで有名なツブルマーさんなどが、番組へのゲストとして参加
しました。
「モンゴル国」という9時間の生放送は、モンゴルを宣伝する大きい役割を果たし、モンゴルの声
ラジオのリスナーの数が増えた、大切な活動になったと思います。
また、日本語で出版された、モンゴルの歴史に関する著書「ゲンショウギシン(?)」を、日本人の
専門家・猪瀬さん、オオサワさんと、日本語課スタッフは、日本語で読み上げ、日本人のリスナーに
届けました。
モンゴルの歴史書を、シリーズ番組として放送しました。私は日本語が解らないのですが、「ます」、
「です」というと、文が終わっているというのが解りました。
モンゴルには、「健康でいるのは、何よりも大切だ」という言葉があります。
リスナーの皆さん、身体に気を付けて、健康にいて、長生きをしてくださいと祈りたいです。
皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
と、ボロロ監督が語りました。
当時、この生中継を2000万人のリスナーが聴いたという調査結果があります。日常番組以外、2001~
2003年に、日本の短波放送ラジオ局BS社(注:BSコミュニケーション社?)と協力し、月に4~5回
の番組を日本に放送しました。この番組の特徴は、テレビで放送したことで、良く聴こえたと、日本のリスナー
が感謝したとのことです。
きょうは、「モンゴルの声」海外放送部・日本語課設立30周年記念日に因んだシリーズ第1回をお届けしました。
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◆(注) この番組で紹介された放送音源は、短波放送愛好家・尾原栄さんが提供したもので、
この音源に関連する興味深い話題の数々は、ご自身のブログ 「海外短波放送 音声ファイル」
で紹介されているので、ご一読をお薦めしたい。
https://shortwaverecording.blog.so-net.ne.jp/2019-01-26
尾原さん、ブログのリンクをご承諾いただき、有難うございます。
益々のご活躍をお祈りいたします。
「モンゴルの声」 日本語放送のスケジュールは次のとおり。
19:30-20:00 JST 12085 kHz
24:00-24:30 JST 12015 kHz
「モンゴルの声」 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://www.vom.mn/ja
◆「モンゴルの声」日本語課設立30周年関連記事一覧
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36372844.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36378799.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36379664.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36380639.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/36381676.html
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