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われわれの世代にとって、「グダンスク」と「ワレサ」は、歴史の一コマを想い出す
キーワードである。グダンスクは、1980年代のポーランドにおける民主化運動の
先駆的組織である自主管理労組「連帯」が生まれた町であり、ワレサはその指導者で
あった人物である。

グダンスクは、ぜひ訪ねてみたいと思い続けてきた「歴史の一大舞台」である。
しかし、生きているうちに実現することはないだろうと諦めていたので、グダンスク
中央駅に降り立った時、「遂に、グダンスクに来ることが出来た」と思うと、感慨深い
ものがあった。

滞在先のホテルから15分ほど歩くと、20~30mあると思われる高い建造物、
「連帯」の記念碑が見えてくる。自主管理労組「連帯」を生んだレーニン造船所
(後に「グダンスク造船所」と改名)である。

この記念碑は、「連帯」が政府の弾圧を受けたとき、それに抵抗して生命を落とした
労働者たちの霊を弔うために建てられた。記念碑は、3本の十字架に大きな船の錨が
掛かっているように見えるが、これはどんなことを意味しているのであろうか。

隣りのコンクリート壁には、世界各地の労働者たちから寄せられた応援と連帯の言葉
が刻まれた銘板が掲げられている。日本からのものでは、「JR東日本労働組合」から
のメッセージが見られる。
この時代、日本では、政権政党である自民党によって「国鉄の分割民営化」が着々と
進められ、その影響で、旧国鉄の労働組合も実質的な分割を余儀なくされ、延いては
日本全体の労働組合運動の弱体化と衰退が始まろうとしていた。

(「ポーランド旅行記」一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1147858.html?m=l