大きな広がりを見せる。そのような中、1981年2月にヤルゼルスキ―が首相に
就任すると、同年12月13日にポーランド全土に戒厳令を布告する。
「ヨーロッパ連帯センター」の館内には、テレビで戒厳令を発表するヤルゼルスキー
の写真と、抗議の声明を発表するワレサの写真なども展示されている。
さらに、「連帯」の弾圧に向かう軍の装甲車や、「連帯」と軍の衝突により破壊された
造船所の門扉の残骸は、当時の生々しい状況を今に伝える。
1983年7月には戒厳令が解除され、1989年4月にはヤルゼルスキー政権は
「連帯」の合法化に踏み切る。
(「ポーランド旅行記」一覧)
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