(旧)国際短波放送情報

海外からの日本語短波放送を中心に、メディア関連の様々な話題を紹介します

カテゴリ: 懐かしのBCL資料

イメージ 1

イタリアの海外向け放送RAI Internationalのテレビ・ラジオ番組の広報誌
「QUI RAI」1998年1月号である。

短波放送を聴くという趣味を始めたのは1960年代だったが,その頃、
イタリアからの放送を実際に受信したという記憶はない。一時中断の時期
を経て、1980年代後半にBCLを再開したときには,RAIの日本語
放送は既に廃止されていたが,英語番組を受信して報告書を送り,何枚か
のベリカードを送ってもらった。

当時のベリカードは、次のとおり。
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/27512567.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/27547564.html
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/32151577.html

( 「懐かしの資料」過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

HCJB日本語放送が「アンデスの声」として、南米エクアドルから放送していた時代、
当時大学生だったラファエル・ティンティンさんは,1990年代後半に7年間ほど,
番組制作に参画し,優しい,そして上品な日本語で多くのリスナーを魅了した。

ラファエルさんの卒業論文の題目は、「アンデスの声日本語放送ここにあり」で、その
別刷りが小冊子として制作された。表紙と裏表紙は尾崎一夫・久子夫妻の写真で飾られ
ている。卒論は、スペイン語で書かれている。

ラファエルさんは、2012年の「関東地区リスナーの集い」にゲストとしてに出席した。
日本語番組ディレクターの尾崎一夫さんにとって、結婚して父親になったラファエルさん
と再会したのは約10年ぶりのことであった。ラファエルさんは、この時、米国の会社の
日本駐在員として東京で勤務していた。

尾崎さんから「一番苦労したことは何ですか?」と質問されると,「ニュース原稿を作るのが
大変だったが,尾崎先生ご夫妻が優しく添削指導してくださったので,苦労は全くなかった」
などと答えていた。

上記画像の右側は,2000年5月1日の「アンデスの声」放送開始36周年特別番組の
ベリカードで,一番左に写っているのがラファエルさんである。

( 『懐かしの資料』 過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

この切手は、南米エクアドルにおいて、2006年のHCJB開局75周年を記念
して発行された。
デザインは、開局から間もない頃のスタジオ風景と使用されたマイクであろうか。
切手の額面金額は USD 1.00 で、米ドル表示となっていることに注目したい。
その25年前に発行された、開局50周年記念切手の額面金額は、エクアドル・
スクレ表示であった。
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/35006467.html

この25年の間に、何があったのか。
エクアドルでは、従来の法定通貨であったスクレが過度なインフレにより通貨価値
を維持できなくなり、2000年3月に米ドルを法定通貨としたという歴史がある。

HCJBの歴史と日本語放送の推移については,次のサイトで紹介されている。
http://reachbeyond.chowder.jp/HCJBhistory.html
http://reachbeyond.chowder.jp/HCJBglance.html

HCJB日本語放送 (現・Reach Beyond-Australia ) は,毎週末の土曜日と
日曜日に放送されており,放送スケジュールは次のとおり。
http://reachbeyond.chowder.jp/SW_Schedule/SW_Schedule.html

HCJB日本語放送のトップページは次のとおり。
http://reachbeyond.chowder.jp/index.html

( 『懐かしの資料』 過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

バチカン放送が発行する「バチカン・リスナーズ・ニュース」2001年
1月号は、リスナーにとっては大変残念なニュースを伝えていた。
ヘッドラインは、「幕を閉じる日本語放送」である。

バチカン放送の日本語番組は、財政難のため、この年の3月25日を以って
42年間の歴史に幕を閉じることを伝え、「この決定は、教皇庁国務省からの
最終的な通達であることを知り、日本語課職員一同大変驚き、また残念に思う」
と、スタッフの真情を吐露している。

あれから18年、現在、バチカン放送はインターネットを通じて日本語による
ニュースなどを発信している。
https://www.vaticannews.va/ja.html

教皇フランシスコは、今年11月下旬に来日し、天皇陛下と会見するほか、
被爆地の広島や長崎を訪問する見通しとなっている。
https://www.asahi.com/articles/ASM6G5JJ8M6GUHBI031.html

( 当ブログ「懐かしのBCL資料」一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

中国国際放送が、未だ「北京放送」と呼ばれていた時代、おそらく1960年代に
送られてきた、ゴブラン織りに似た厚みのある織布である。
絵柄は「北京頤和園」で、ほぼ30×20cmの大きさである。テーブルセッター
や玄関マットと言った実用的なものではなく、写真ケースなどに入れて飾っておく
ものである。

( 当ブログ「懐かしのBCL資料」一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

独Deutsche Welle(DW)日本語番組のスケジュール表で、1999年
3月28日からの周波数変更に合わせて、作成されたものである。
永井潤子さんから届いたお便りに同封されていた。
一番下には、東京中央郵便局内に「ドイチェ・ヴェレ日本語課」の私書箱
が設置されていたことが記されている。

DWの日本語放送は、この年の5月15日に放送開始30周年の特別番組
を放送した。しかし、10月に入ると「日本語放送の廃止」が予告された。
日本のリスナーは力を合わせて、在日ドイツ大使館や日独議員連盟などを
通じてドイツ政府に対して、DW日本語放送の存続を求める請願を展開した
が、残念ながら12月31日を以ってDW日本語番組は廃止された。
今から、ちょうど20年前の出来事である。

( 当ブログ 『懐かしのBCL資料』 一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

独Deutsche Welle(DW)の日本語番組で辛口のコメントで知られて
いた永井潤子さんから届いたお便りである。1999年3月22日付と
なっている。彼女には、月末での定年退職が迫っていた。

この年の新年特別番組を聴いて、お便りを送ったところ、記念品として
「刷毛取替式の歯ブラシ」がプレゼントされ、それに同封されていた。
特別番組は、永井さんが制作したもので、「省資源の警告付き歯ブラシ」
を紹介した。

私は、感想文の中で、中高校生時代の通学時に履いていた「デカンショ」に
ついて書いた。「デカンショ」は、高下駄の歯の部分が擦り減ったら、たが屋
に持って行って、その歯だけを新品に差し替えてもらい、下駄本体は末永く
使うと言った具合のものだった。

永井さんは、この話を読んで、「私の言いたかったことを理解してくれて、
大変嬉しい」と喜び、後日の番組で私のお便りを紹介してくれた。
「刷毛取替式の歯ブラシ」はかなりの期間使っていたが、幾つか付属品と
してあった取替用の刷毛が尽きた時点で、廃棄してしまったように記憶
している。残念である。

永井さんは、「放送記者、ドイツに生きる」などを著している。
http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624410971

( 当ブログ 『懐かしのBCL資料』 一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

中国国際放送からプレゼントされた、香木書簽「中国十大名勝」である。
これは、本に挟む栞で、万里の長城、桂林山水、北京故宮、安徽黄山など
中国の風光明媚な名所旧跡をデザインしたものである。蛇腹折りのケース
に10枚の栞がセットされている。
年代は不明であるが、蛇腹折りを開くと、一枚一枚の栞から、今でも、ほの
かに香りが漂ってくることから、ここ10~20年くらいの間にプレゼント
されたものと推測されるが、記録と記憶がない。

( 当ブログ 『懐かしのBCL資料』 一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

先日、久しぶりに何回目かの「断捨離」を敢行したところ、懐かしい
様々な資料が出てきた。
上の画像は、韓国KBSの大型扇子である。送られてきた年代は不詳
であるが、「親骨」には「KBS Radio Korea International」と書かれて
いるので、1994年から2005年までの間に、何かの記念品として
プレゼントされたものと思われる。寸法は約30センチである。

KBSのホームページでは、局名の変遷などについて解説されている。
http://world.kbs.co.kr/service/about_kbsworld.htm?lang=j
http://world.kbs.co.kr/service/index.htm?lang=j

( 当ブログ 『懐かしのBCL資料』 一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

イメージ 1

これは,HCJBの日本語番組が,南米,赤道の国エクアドルから 『アンデスの声』 と
いう愛称で放送されていた時代,1968年5月24日の受信報告に対して発行された
ベリカードである。

ヨーロッパのBBC,北米大陸のVOA に続いて,南米大陸のエクアドルという遥か
遠い国から届いたベリカード,それも,他局ではみられない,タテ型で細長い,斬新
なデザインのカードに,興奮し喜んだことが,昨日のことのように甦る。

( 当ブログ 『懐かしのBCL資料』 一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/184854.html?m=l

※ 今回の 『懐かしのBCL資料』 シリーズは,これで終了します。
  続けて,保存資料の 『断捨離』 を決行するつもりでおり,また,
  昔の懐かしい資料が現れると良いなあと思っている。

↑このページのトップヘ