(旧)国際短波放送情報

海外からの日本語短波放送を中心に、メディア関連の様々な話題を紹介します

カテゴリ: 旅,そしてラジオ

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航空チケットの購入方法は便利になったが,韓国の鉄道の切符もインターネットで
事前購入できるようになっている。

韓国鉄道公社 KORAIL のホームページで,外国人専用の乗車券 KR-PASS の引換券
をプリント,韓国に入国後,ソウル駅などでパスポートを提示して KR-PASS に交換し,
クレジットカードで支払う。
このパスは,一定期間は区間や回数に関係なく,自由に利用できる。
新幹線KTXを初め,在来特急などの座席指定券も,このカードを示せば,無料である。

ソウルからKTXに乗り,トンデグ (東大邱) に向かう。
日本の新幹線よりは,前の席との間隔がやや狭い感じがする。しかし,車両の天井には
何ヵ所かテレビモニターがあり,MBCテレビのニュース番組を繰り返し流している。到着
する駅が近づくと,韓国語と英語で車内アナウンスがあり,モニター画面にも両国語で
表示される。

日本の新幹線を想い出して,テレビニュースの音声をFMで聴くことができないかと思い,
持参していたSONYのカードラジオで,FM波を探してみたが,車内放送にはヒットしない。

しかし,走行途中,各地のFM放送局が,次々と聴こえてくる。はっきりした周波数は確認
できないが,車内への再送信ではなく,車外からの直接電波と思われる。
トーク番組などは韓国語ゆえ理解できないが,車窓の風景を眺めながら,韓国演歌など
の音楽を楽しんでいると,あっという間に,目的地に到着する。
中波の放送も時々聴こえてくるが,車内では雑音が激しく,とてもダメだ。

荷物をコインロッカーに預けようとしたところ,この町に比較的近いキョンジュ(慶州)で
行なわれるG20財務相・中央銀行総裁会合の警備強化のため,KORAIL のロッカーは
全て閉鎖されて使用できなくなっていた。そこで,地下鉄の駅に下りてみると,ここの
コインロッカーは使用可能だった。何か,警備体制がチグハグの印象がある。

地下鉄でテグ (大邱) の街に出て,西門市場や薬令市など,街の中心部を散策した後,
美味しいことで評判のサムゲタン専門のお店で,遅い昼食をとった。

( 『旅,そしてラジオ』 の過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1028872.html?m=l

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ソウルで宿泊したのは 『〇〇レジデンス』 などと呼ばれる,キッチン・
調理器具・洗濯機・家具付きの施設だ。
部屋のドアを入ったところで靴を脱ぎ,板の間に上がる。

現代版 『オンドル』 で,床暖房となっているので,夜,冷え込みの強い
ソウルの街の散策から戻っても,部屋の中はポカポカである。
マンションとして建築したものを,ビジネスマンや旅行者向けの宿舎に
転用しているのではないかと思われ,中長期の滞在者が多いようだ。

7階の部屋からは,左手に 『ソウルタワー』 を望むことができ,高層
ビルの向こうに夕日が沈む頃,午後5時からのKBS日本語放送を聴く。

受信状態は信じられないほど良好で,7275kHz,6155kHz の両波
とも,若干の雑音とフェーディングがあるものの,番組内容は全て聴き
取れる。しかし,7275kHz は,後半になると,日本で聴くのと同じよう
に,混信が避けられなくなる。

9805kHz も良好であるが,中波の 1170kHz の受信状態は芳しく
ない。昼間の 9580kHz と11810kHz は,残念ながら聴くチャンスが
なかった。
昼間,ラジオを持参して,公園などで聴くことが出来たかも知れないが,
様々な状況を考慮して,それは我慢した。

『玄界灘に立つ虹』 で,工事中のソウル市庁の外壁に,G20の開催と
その成功を祈る大きな横断幕が飾られ,キム・ヨナ選手が微笑んでいる
と伝えた。

ソウルの街の話題を,ソウルの宿で聴くと,日本で聴くのと違って,何か
不思議な気分になる。

翌日,早速,地下鉄に乗って,市庁駅に降り立つと,市庁舎がすっぽり
と隠くされて,キム・ヨナさんが胸の前でハートの模様を作っていた。
G20の成功を祈る姿なのだという。

( 『旅,そしてラジオ』 の過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1028872.html?m=l

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便利な世の中になったものだ。
インターネットで格安航空券を買い求め,インターネットで宿舎を予約し,
出発時刻の24時間前からインターネットでチェックインができる。
空港では,チェックインしたプリントを見せれば,長蛇の列に並ぶこと
なく,専用カウンターでスーツケースを預けて,搭乗開始を待つ。
残念ながら,機内食の質は以前に比べて,少しづつ低下している感がある。

ところが,こんなに便利な世の中になっても,人間の注意力散漫と記憶力
の衰退までは,インターネットは面倒を見てくれない。

ソウル到着第一夜,『ラジオ日本』 を聴こうとしたところ,周波数一覧表が
見当たらない。自宅に置き忘れて来てしまったようだ。
早速,ビジネスセンターのパソコンを借りて,『ラジオ日本』 の周波数一覧
をプリントし,事なきを得た。

受信機は ICF-SW77,アンテナは AN-LP1 である。
ソウルでは,アジア地域向けの 9750kHz が良好に受信できる。
テレビでNHKの衛星放送を視ることはできるが,さすがにプロ野球の
実況中継はなく,クライマックスシリーズは短波放送で聴いた。

そう言えば,海外でNHKテレビのニュースを視ていると,『放送権上の
制約のため海外ではご覧いただけません。ご了承ください』 "Images are
not available to NHK WORLD due to the restrictions on broadcasting
rights" というテロップが流れることがある。特に,スポーツニュースなどに
多い。
音声は聞こえるのに,静止画像だけで動画が見えないという,間抜けな
状態が1分近く続くことがあるが,何とかならないものだろうか。

日本時間21時前の 『海外安全情報』 『周波数案内』 に続き,『さくらさくら』
のメロディが流れた。これを国内で聴いても高揚感はないけれども,海外で
聴くと,ジーンと来てしまい,『日本人だなぁ』 と実感する。

( 『旅,そしてラジオ』 の過去記事一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1028872.html?m=l

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10月下旬,ソウル・ヨイド (汝矣島) 公園の深い緑は,次第に黄色に変わり,
一部は赤く染まり始めていた。公園の一角では,若い男女がバレーボールに
興じていた。

KBS本館5階にある日本語班の事務室から眺めると,高層ビル群の向こうに
大きな夕陽が見え,公園の木々をキラキラと照らしていた。

午後5時前,1階の受付に到着。
エレベーターに乗って,5階の日本語班に案内してもらうと,一人の男性が迎えて
くださった。『東京から参りました,細谷と申します。こちらが連れ合いです』と自己
紹介すると,『幸田儔朗です。今朝の打合せで,細谷さんが見えることが報告され
ました』と仰る。いつもお声だけを拝聴している,当のご本人と直接にお会いできて,
思わず興奮してしまった。

他のスタッフは,離れたスタジオで番組を収録中ということで,事務室は閑散として
いる。幸田さんが入れてくださったコーヒーをいただきながら,KBS国際放送の現状
などを伺った。
国際放送チームの事務室は,全体を見渡せる広いフロアとなっており,各言語班が
7~8人づつのデスクを並べて,一団を形成している。

フロアの真ん中に,韓国語班が位置している。
韓国語班が様々な番組のシナリオや音源を確定して,各言語班に提供する。
日本語班は,それを日本語に翻訳し,他の言語班も彼らの言語に翻訳して,電波
に乗せるのだという。

一息入れたところで,幸田さんに案内されてスタジオに向かう。日本語班のドアを
出たところで,ニュース原稿を読み終えたばかりのシン・ジュファさんとバッタリ。
幸田さんの紹介を受けて,『こんにちは』 と挨拶を交わす。

スタジオに入ると,調整卓に座っている,ディレクター役の女性が振り返り,『やぁ,
細谷さん,いらっしゃい。ちょっと待っていてください』 と聴き慣れた声で話しかけて
くださった。ラッコさんだ!
日本語班のチーフが自ら,番組制作の現場で指揮を執っているということに驚く
とともに,ラジオから流れるお声のご本人にお会いできたことで,大感激。

事務室に戻って,待っていると,しばらくして,ラッコさんが自席に戻られた。
実は,今回の訪問の主目的は,昨年8月にKBSから豪華なプレゼントをいただいた
ことに対して,御礼の意を伝えることだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/20873376.html

ラッコさんに謝意を述べ,土産として持参した日本の羊羹を手渡した。
当ブログ子の生まれた,東北の田舎町にある老舗の羊羹で,海外に出かけるとき
には,いつも土産としているものだ。わが故郷の自慢の一品である。
KBSスタッフのお口に合うかどうか,不安が残る。

収録を終えたスタッフが,次々と事務室に戻ってきた。
最近,日本語班に復帰したキム・へヨン (コアラ) さん,韓国語講座の中枝紫織
さんとコ・ソクジュンさん,お誕生日コーナーのクォン・ジンシルさん,皆さんと挨拶
を交わす。

ラッコさんとは,昨年のプレゼント受賞のインタビューの際,電話でお話をしたこと
があり,コアラさんとは15~6年前に,『ヨボセヨコーナー』 で電話でお話したことが
あるだけだ。その他のスタッフの方々とは,お目にかかるのも,言葉を交わすのも,
初めてである。おじさんリスナーの緊張と興奮は,最高潮に達している。

『これからジンシルちゃんの番組を収録するので,見学してください』 と勧められて,
オジャマ虫かなぁと思って遠慮してみたものの,こんな機会は滅多になく,珍しさも
あって,スタジオでの収録風景を見学させていただくことにする。

4階のスタジオに入る。
ジンシルさんがマイクに向かって,『ハーイ,きょうお誕生日を迎えられた方は,
・・・さん,・・・さん』 と語り始める。手前の調整卓では,ラッコさんがジンシルさんに
手で合図を送りながら,コンピューターを操作して,次々とデジタル音源を集積
していく。またたく間に,一週間分の 『お誕生日コーナー』 が完成した。
上の写真は,ラッコさんとジンシルさんの番組収録風景である。

数ヵ月前に放送された 『玄界灘に立つ虹』 で,リスナーから 『ジンシルちゃんの
頭出しの言い方に,.魯ぅ叩´▲魯ぁぅ蓮璽ぁ´ハーイ のパターンがある
のはなぜか』 という趣旨の質問が寄せられたことを紹介していたが,収録風景を
見ていて,その “ヒミツ” が解けた。
しかし,それは 『企業秘密』 (?) であり,それを知り得た者はリスナーといえども
他言してはならない。

『お誕生日コーナー』 の収録を済んだところで,ラッコさんに局内の主な部署を
案内していただいた。

先ず,局内で最も重要なセクションの一つ,『音楽ライブラリー』だ。
韓国の伝統音楽から最新ポップスまで,更に,日本を始めとする海外の音楽のCD
が,ケースに整理番号が付されて,整然とラックに収まっている。
オープンリールやカセットテープ,DATなどに収録されていた音源は,すべてCDに
ダビングされているという。
その数,数千,いや,万単位の曲が収納されていると思われる。そのうち,使用
頻度の高い曲は,局内のコンピューターに蓄積されているので,各言語班は必要に
応じてダウンロードし,また,使用頻度の低い曲は,音源データベースのリストを
チェックして,このライブラリーからCDを借りて,番組制作に使うのだという。

次は,一般見学者向けのコースに入ってみる。
ガラス窓越しに,階下のスタジオで,ラジオドラマを制作している様子を見る。声優
さんが耳にレシーバー,手に台本,という姿で,マイクに向かっている。
『NHK国際局の見学者コースのスタジオ窓には,“このガラスをたたくと,その音が
世界中に放送されますから,注意してください” と書いてありましたよ』 というと,
ラッコさんがガラス窓の横のハングル文字の貼り紙を指して,“静かにしてください。
カメラのフラッシュは焚かないでください”と書いてありますと,説明してくれた。

見学者コースの展示コーナーには,ラジオ受信機,録音機,マイク,テレビカメラなど,
様々な放送機器類が年代別に陳列されている。SONY製など日本製が見られたが、
外国製も韓国製も使っているという。

KBS日本語班訪問は,あっという間に,1時間が過ぎていた。
スタッフの皆さんに御礼を述べて,退室しようとすると,ラッコさんが丁寧に見送って
くださった。エレベーターの前で,『ここで結構ですので・・・』 と申し上げたが,ラッコ
さんは 『外の,澄んだ空気を吸いたいから・・・』 と,正面玄関の表まで見送って
くださった。

夕陽はすでに沈み,暗くなったヨイド (汝矣島) 公園のアーク灯の向こうには,高層
ビルの明かりが浮かんでいた。

KBS日本語班の皆さん,本当に有難うございました。

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(注) 今回のKBS日本語班訪問に当たっては,事前にメールでご都合伺いを送った。
    10日間ほどの韓国旅行の始りと終りに,それぞれソウルに数日間滞在する
    予定としていたので,その中から日程を選択していただいた。

    しかし,スタッフの皆さんは多忙を極めており,ある一日しか対応できない,
    それも午後5時以降にしてほしいという内容の返信が届いた。

    実際,日本語班を訪ねてみると,朝早くから夜遅くまでの勤務で,その忙しさは
    想像を絶するものであり,スタッフには席の温まる暇がない。

    『訪問リスナーへの対応は事実上,無理というのが現状で,予めご連絡くださった
    リスナーでもお断りせざるを得ない場合も多い。非常に申し訳けないけれども,
    ご了承いただきたい』 と仰るラッコさん。
    
    日本語班を訪問する際には,事前の了解を得るとともに,業務に支障をきたさ
    ないように,十分に注意する必要があると思われる。

3月下旬,沖縄本島最北の国頭(くにがみ)村に旅行した。
平屋建てコテージ風の宿舎に泊まり,持参したICF-SW77とAN-LP1
の組み合わせで,朝と夜にラジオを聴いてみた。

何よりも驚いたことは,中波で地元の放送を聴こうとしても,日本語よりも,
中国語と韓国・朝鮮語などの放送がひしめくようにして,多く聞こえることだ。
中国,台湾,韓国,北朝鮮を初め,様々な国から送られてくる番組であろ
うが,残念ながら,当ブログ子は中国語,韓国語等が解らないので,局名
の判別が出来ない。

地元放送局の受信状態は,概ね次のようなものである。
NHKラジオ第1は,名護局の 531kHz が,若干弱いながらも聴こえる。
NHKラジオ第2は,沖縄局の1125kHz を含めて,全く聴こえない。
ラジオ沖縄は,名護からのFM中継 80.1MHz が聴こえる。
RBC i ラジオは,名護からのFM中継 82.6MHz が聴こえる。
NHK-FMは,今帰仁局の 84.8MHz が聴こえる。
FM沖縄は,今帰仁局の 83.7MHz が聴こえる。

NHKラジオ第2が聴こえなかったことを不思議に思い,NHKのウェブサイト
を見ると,沖縄放送局は第1,第2の両方の電波を出しているが,名護放送
局は第1の電波しか出していない。なぜなのだろうか。

NHKに電子メールで問合せたところ,わざわざ沖縄放送局の担当者から,
電話をいただいた。

沖縄本島北部では,NHKラジオ第2は,沖縄局の1125kHzが聞こえて
いるはずで,又,各国からの中波放送が沖縄各局を押し退けるようにして
聴こえることに関し,周波数の新増設については国際的な取り決めがあり,
悩ましい問題だと語ってくれた。

当ブログ子は,NHKに対して時々質問を送っているが,今回のことも含め,
NHKの素早い丁寧な対応には,敬意を表したいと思う。

滞在先のホテルで当ブログ子が,NHKラジオ第2の沖縄局1125kHz を
受信できなかったのは,様々な要因があったのかも知れないので,機会が
あれば,もう一度,あのホテルに滞在して,受信を試みたいと思っている。

(注) 『沖縄ラジオ紀行(1) VOA送信所の跡地は今』 は,次のサイトを
   ご覧ください
   http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/25129792.html

沖縄の海は美しすぎる。
これまでも,沖縄県には何回か旅行したが,何れも那覇市とその周辺に
限られていたため,沖縄の海をじっくりと眺めることはなかった。

3月下旬,沖縄本島の最北端に位置する国頭 (くにがみ) 村に滞在し,
どこまでも続く白い砂浜で,コバルトブルーの海から寄せて来るさざ波の
音を聞く ―― 身も心も洗われる想いで,数日間を過ごした。

夜,展望風呂から上がり,涼んでいたところ,話し掛けてきた一人の地元
住民が,興味深い話を聞かせてくれた。
滞在しているホテルの敷地には,米 Voice of America (VOA) の送信所
があったと言う。1945年の敗戦に伴ない,この土地は米軍に接収されて,
アンテナが建てられ,沖縄が日本に復帰した後も,なお存在し続けたのだ。

沖縄県にVOAの送信所があったことは知識としては持っていたし,1960
年代には,当ブログ子自身も,沖縄中継のVOA日本語放送を良く聴いて
いたが,今,自分が宿泊しているホテルの敷地に,その送信所とアンテナ
があったことを知り,本当に驚いた。

翌日,ホテルの近くにある,国頭村観光物産センターを訪ねてみると,村の
歴史を紹介する写真展が開かれており,展示作品の中にVOAの送信所の
写真もあった。その写真のコピーを譲ってもらいたいと思ったが,担当者が
不在で,願いは叶わなかった。

滞在最後の日,当時の様子を知りたいと思い,ホテルの貸自転車に乗って,
国頭村役場を訪ねてみた。窓口で事情を話してお願いすると,いろいろな
部署を紹介してくれた。
それぞれの職員は丁寧に対応してくれたが,『短波を聴く』 というマイナーな
趣味の世界のことであり,『VOA送信所』 という,敗戦後,米国の施政権下
にあった時代の話題であるからだろうか,仲々スムーズに情報を収集する
ことが出来ない。

付設の図書室で 『村史』 を見せてもらうと,数ページにわたってVOA送信所
についての記述があった。淡々と綴られてはいるが,アメリカの施政権時代
における,村の人々の怒りと無念の想いを,行間から読み取ることができる。

以下に,『国頭村史』 から,VOAに関する興味深い部分を,幾つか抜粋して
紹介する。

  軍用地問題に国頭村が無縁なはずはなかった。(接収された土地の中に)
  1951年10月1日に建設に着手した奥間のVOA (アメリカの声) 敷地が
  ある。

  沖縄におけるVOAは1953年7月から放送が開始され,中波1波,短波
  9波による中国語・朝鮮語・ロシア語・英語の4ヵ国語で放送している。

  本部は嘉手納基地内,受信所は恩納村恩納にあって,国頭村奥間のは
  発信所になっている。3ヵ所総面積は約100万平方メートル,局員は約
  130人 (うち日本人約120人) である。

  中波の周波数は1178サイクル,出力1000キロワットで到達範囲は
  北ベトナムの一部,中国大陸の大部分,朝鮮半島全域並びに沿海州に
  及ぶが,主として北京・平壌方面へ指向性を付与している。放送時間は,
  午後8時から午前2時までで,中国語と朝鮮語を使用している。

  また,短波は出力15キロ・35キロ・100キロワットの3種類9波で,使用
  周波数は3,6,9,11,15,17メガサイクル帯となり,放送時間は午前
  6時30分から同10時までと,午後5時から午前2時までで,中国語・
  朝鮮語・ロシア語・英語を使用している。

  このように,この施設は対共産圏への謀略的目的をもつもので,国頭村
  民たちには,その機能を知らされないままに建設され,沖縄返還後にも
  重要な問題を残す施設となった。( 参照 : 下記の注 )

  共産主義の脅威に対処するアメリカ軍は,沖縄に数々の特殊的な施設や
  部隊を有していたことが次第に明らかになっていった。VOAや毒ガスの
  施設,陸軍情報学校や第7心理作戦部隊の配置などがそれで,しかも
  その機能は住民には全く秘密にされていた。

  国頭村奥間VOAの施設については,配線なしに電灯がつき,あるいは
  ラジオが聞こえるという事実があっても,それが中共や北朝鮮への謀略
  的放送の基地であるとは,村民の誰もが知らなかった。

  (注) 1971年6月17日に調印された 『琉球諸島及び大東諸島に関する
      日本国とアメリカ合衆国との間の協定』 (沖縄返還協定) では,VOA
      に関し 『日本国政府は,アメリカ合衆国政府が,両政府の間に締結
      される取極に従い,この協定の効力発生の日から5年の期間にわた
      り沖縄島におけるVOA中継国の運営を継続することに同意する。
      両政府はこの協定の効力発生の日から2年後に,沖縄における
      VOAの将来の運営について協議する』 (第8条) とあり,ほかに
      『VOA中継局の運営の継続に関する交換公文』 がある。


この 『国頭村史』 は,沖縄が日本に復帰した1972年に刊行されたが,それ
から40年近く経た今,その間に明るみになった文書や関係史料の発掘などを
踏まえ,近々 『村史』 の見直し作業が開始される予定だと聞く。

われわれBCLが,ラジオの短波放送に耳を傾けていた,その向こうで,沖縄の
人々が大きな苦痛に耐え,計り知れない苦悩の日々を送っていたことに想いを
致し,国際短波放送というものが存在する意味を,改めて問い直す旅となった。

(注) 『沖縄ラジオ紀行(2) NHK中波が聞こえない !?』 は,次のサイトを
   ご覧ください
   http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/25210687.html

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先週後半,韓国チェジュ島に小旅行をしてきた。

チェジュ島は,桜の花は満開となり,レンギョウの花も咲き誇り,そして,
黄色い菜の花が島全体を包み込んでいた。
しかし,吹く風は冷たく,厚めの防寒具を着ても,なお寒いくらいだった。
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3月26日,18時50分,中波594kHzで,NHK東京を聴く。
関東地方のニュース,気象情報などを放送していて,受信状態は良好。

19時からは,『きょうのニュース』 である。594kHz (NHK東京) の他,
612kHz (NHK福岡),675kHz (NHK山口),684kHz (NHK長崎)
などが聴こえる。

20時,中国国際放送を聴く。7325kHz,7260kHzが良好だ。

20時30分,台湾国際放送にダイヤルを合わせる。9735kHzが,若干
の混信を伴いながら,よく聴こえる。

21時,韓国KBSを聴く。1170kHzは,同波の米VOA英語放送が混信
しているものの,内容は聴き取れる。
しかし,21:20-21:40 の間は,VOAに圧されて,KBSはほとんど聴
き取れなくなる。

21時30分に,1566kHzのFEBCにダイヤルを合わせると,当然のこと
ながら,SINPO 55555 である。
同局は,ここチェジュ島から,日本に向けて送信されているのだ。

22時からは,ラジオタイランドの日本語放送を聴く。7365kHz の電波は
弱いが,混信がないため,内容は聴き取れる。
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3月27日,16時20分,9750kHz で,ラジオ日本を聴く。
NHK第1放送の,昼の情報番組 『昼のいこい』 が流れている。この番組を,
この時間帯に短波放送で聴くというのは,違和感を感じながらも,外国で聴
いていると思うと,何とも言えぬ興奮を覚えるのは,短波ファンの性か。

22時45分,地元のFM局を聴こうと思い,ダイヤルを回すと,英語放送が
入ってきた。88.7MHz である。
アメリカ文化について,二人の男性パーソナリティによるトーク番組である。

局名アナウンスが出るのを待っていると,23時に,次のようなアナウンスが
流れた。
"This is Arirang Radio. It is eleven o'clock."
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3月28日,9時30分,FM 96.3MHz を聴く。前夜,クラッシック音楽を
流し続ける,この局に注目したが,局名アナウンスを確認できない。

チェックアウトまでのひととき,ホテルの部屋で聴く,地元局のクラッシック
音楽は,ホテルのBGM以上に,やすらぎを与えてくれる。

10時前後に,"KBS Classic Fan" というアナウンスが,何回か流れた。
KBS国内放送の,クラッシック専門チャンネルのようだ。
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郵便局が,ホテルの近くにあったので,少し多めに,郵便切手を買い込み,
各局宛に受信報告書を送った。

短波放送関係では,KBS日本語班に受信報告を送った他,NHK国際局
には,この地では,NHK国内各局が良好に聴こえることを踏まえ,逆に,
東アジア地域に向けの国際放送に,中波の周波数を使うことを提案した。

中波放送関係では,返信望み薄のNHK東京への報告は避け,福岡,山口,
長崎の各局に受信報告を送ってみた。

FM放送関係では,"Arirang Radio" と "KBS-FM" に,英語で書いた受信
報告を送ったが,韓国語でないため,返信が得られるかどうか心配だ。

( 当ブログの関連記事 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/13759941.html

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台湾最南端の町,墾丁の海岸                 台北二二八紀念館(旧台北放送局舎)

1月5日から16日まで,台湾を旅行してきた。
最南端の町から最北端の町まで,台湾新幹線,在来特急,地下鉄,路線
バスを乗り継ぎ,街の散策に疲れれば,早めに宿に戻って,短波放送に耳を
傾けるという,気ままな旅を堪能してきた。
持参したのは,受信機が ICF-SW77,アンテナは AN-LP1 である。
(以下,時刻は日本時間表示)

1月8日(木)
台湾最南端の町,墾丁青年活動中心(ユースホステル)で3日目を迎える。
映画 『海角七号』 で舞台となった恒春から,バスで一時間ほど揺られると,
墾丁の町に着く。

北回帰線よりも相当南下し,熱帯に属しているのだろう。一月だというのに,
長袖のシャツでは,汗ばんでくる。

青い空,碧い海,白い砂浜が続く,オーシャンリゾートだ。夏は賑わうことだ
ろうが,今は人出はそんなに多くない。

ここのユースホステルは,中国古式のユニークな建物が特徴で,世界中
の若者に人気があるが,今回は 『春節』 の前と言うことで,空きがあった
らしく,予約なしの飛び入りで,4泊することができた。
部屋は広く,きれいである。
http://kenting.cyh.org.tw/
http://cyh-kd.sinotour.com/facilities.asp

午後6時50分頃から,フィリピン局の受信を試みる。
945kHzでは,タガログ語と英語が飛び交うインタビュー番組が放送され
ていて,受信状態は良い。
7時過ぎ,“PBS,・・・・・” というアナウンスとともに,ニュースが始まり,
イスラエル軍のガザ侵攻などを伝えている。
7時20分には,音楽にのせて,次のような局名アナウンスが流れたが,
後半は聴き取れなかった。
“PBS, Philippine Broadcasting Service, DWFB Radio, ・・・・・・”

午後9時。
韓国 KBS の日本語放送を聴こうと,1170kHz に合わせる。入ってきた
のは,米VOA放送の英語放送だ。米中関係についての特派員リポートなど
を放送している。信号は超強力で,国内放送を聴いているようだ。

VOA放送と交互に,9840kHzで,『ベトナムの声』 の日本語放送を聴く。
こちらも,信号は強く,安定している。
ニュースに続いて,ロシアがウクライナに対してガス供給を停止している
問題について解説している。

午後10時。
7325kHzで,『中国国際放送』 の日本語放送を聴く。こちらは,信号は強い
が,若干の混信がある。ニュースに続いて,中米国交樹立30周年記念イベ
ントについての時事解説,お便り紹介番組などを放送していた。
10時40分頃には,雑音が激しくなり,受信を諦めた。

午後10時45分
1530kHzで,フィリピン局DZMEを受信。
言葉は理解できないが,午後11時過ぎに,同局のウェブサイトを紹介して
いると思われるアナウンスが流れ,“ … http://www.dzme … ” と言う
部分が聴き取れた。 受信状態は,芳しくなかった。

1月9日(金)
午後2時50分。9760kHzで,『ラジオNIKKEI』 を聴く。
延々と株式市況を放送しているが,受信状態は極めて良好だ。
『ラジオ日本』 を聴くのとは一味違い,海外で 『ラジオNIKKEI』 の株式市況
を聴くのは,ヘンな気分になる。

午後3時5分。
ダイアルを動かし始めると,9875kHzで日本語が聴こえた。よく聴いていると,
ベトナム語による日本語講座の番組のようだ。 『ラジオ日本』 のベトナム語放送
かと思い,周波数を確認したが違う。
持参したWRTHで確認すると,『ベトナムの声-VOV』 の国内向け放送のよう
で,受信状態は安定している。間もなく,フランス語講座に変わり,音楽なども
流れた。

午後4時。
『ラジオ日本』 のニュースと旅番組を聴く。
今回の旅では,何れの宿舎でも,NHKワールドTV又はNHK衛星第一を視る
ことができたので,『ラジオ日本』 を聴くことは少なかったが,いざとなれば,
乾電池使用で,軽量,持ち歩き自由な,ラジオの方が,危機管理ツールとして
の威力を発揮する。

1月10日(土)
午前7時30分から15525kHzで,HCJB日本語放送を聴く。
この日は,新年特番の第2回目が放送される予定だが,昨年末に放送された
インタビュー番組が再放送されている。送信トラブルがあった模様だ。最初は
受信状態が良くなかったが,次第に回復して来た。

早速,シカゴ在住のHCJB尾崎さん宛に,『送信トラブルの模様』と書いて,
絵葉書を送った。

1月11日(日)
前日と同時刻に,HCJBを受信。毎週日曜日は,詩篇の解説番組だ。この日
の朝も,淀橋教会の峯野牧師の凛とした声を聴き,眠気も覚めた。

この放送を聴くためには,時差の関係で,現地時間の朝6時に起床して,受信
態勢を整えなければならない。

番組が終わるのに合わせるかのように,ちょうど食堂では,朝食のサービスが
始まる。

1月13日(火)
台北市にある,『台北二二八紀念館』(旧・台北放送局舎)を見学。
『台北二二八紀念館』 は,1947年2月28日に起きた民主化運動に対する軍の
弾圧で犠牲となった人々を慰霊するとともに,その意味を後世に伝えようとする
施設である。
http://228.culture.gov.tw/web/index.asp
http://228.culture.gov.tw/web/web-eng/display/a08/a8.htm#

この建物は,日本が台湾を統治していた時代から第二次世界大戦で日本が敗戦
に至るまでの間,『台灣廣播電台』(The Taiwan Radio Station)の局舎として使用
されていたと言う。

又,同じ公園の敷地内で,建物から50メートルほどのところに,送信アンテナの
設置跡があり,記念の石碑が建てられている。

紀念館の2階の一角に,前面を厚手のガラス板で囲まれた,ラジオ局のサテライト
スタジオを想わせるコーナーがある。
調整卓,旧式のマイクロフォン,木箱のラジオなどが陳列されている他,壁面には
放送中のスタジオ風景や局舎内部を写した写真パネルが展示されてある。

前面のガラス面には,次のように書かれている。
  台灣廣播電台(The Taiwan Radio Station)
  台北228紀念館的前身 ― 台北放送局
  JFAK(台北放送局)
  週  率   750 K.C.
  波  長   400.0 m
  播音時刻  福建語  午後8時00分  20分間
          英  語  午後9時05分  15分間
          北京語  午後9時20分  15分間
          廣東語  午後9時35分  15分間
          馬來語  午後9時50分  15分間

1月15日(木)
台湾最北端の街に,テレサ・テンの紀念公園を訪ねる。
台北からバスで1時間ほど乗り,徒歩で40分ほど勾配を登ると,金寶山
に着く。大きな霊園となっていて,その一角,台湾海峡を見下ろす斜面に
『鄧麗君紀念公園』 がある。
入口から墓碑に進む途中に,ピアノの形をしたモニュメントがあり,そこ
から常時,彼女の歌声が静かに流れている。

ここでは,SONYのカードラジオで,沖縄の放送局にトライする。
FM放送は,地元局に押されてダメだが,中波放送は,864kHzの
『ラジオ沖縄』 がクリアだ。午後2時頃から,ワイドショー番組を聴く。

大都市のホテルでは,鉄筋の建物と言うこともあり,日本の中波放送は
受信できなかったため,ここで 『ラジオ沖縄』 を受信できたことは,大きな
喜びだった。

早速,その晩に受信報告を書き,翌日,帰国便に乗る直前,空港のポスト
に投函した。

今回は,ラジオ日本,韓国KBS及び中国国際放送の専用受信報告用紙を
持参したが,旅先から送る場合には,この専用用紙は便利である。
無事にそれぞれの局に届き,ベリカードが送られてくるのが楽しみだ。

東京に戻ると,テレビ朝日の 『世界の車窓から』 は,台湾の鉄道を放送して
いる。台湾シリーズは,当分の間続きそうなので,旅の余韻に浸ることが
できる。

中国国際放送は,現在,ラジオ放送とインターネットによって様々な
情報を発している。

今回は,同局のホームページから,開局のいきさつが分かるページ
及び2006年に掲出された 『私と北京放送』 のページを紹介する。

今日の日本語部 ― 約30名のスタッフの,平均年齢は30歳ちょっと。
若さは,ある種の強み。朝早くから夜遅くまで,業務に携わっている。
一昔前の日本の 『モーレツ社員』 の観を呈している。

中日の 『かけはし』 たらんとする強い想いと使命感,中国国際放送
『北京放送』 の始まりは日本語部にあるという歴史の重みと誇り,
それが彼らを奮い立たせているのであろう。

歴史の重みと誇り ― 1941年12月3日,中国国際放送局の前身
『延安新華ラジオ局』 は初めて対外放送を行ったが,それは日本語
によるもので,第一声を送り出したのは,日本人女性の原清志さん
であった。

『中国国際放送局開局のいきさつ』などは,次のサイトで読むことが
出来る。
  (開局のいきさつ)   http://japanese.cri.cn/205/2006/06/08/1@65239.htm
  (原清志さんの写真) http://japanese.cri.cn/81/2006/11/29/1@79993.htm
  (原清志さんのインタビュー写真) http://japanese.cri.cn/81/2006/11/29/1@79994.htm
  (原清志さんのインタビュー写真) http://japanese.cri.cn/81/2006/11/29/1@79995.htm

又,次のサイトは,開局60周年を記念して,2001年7月に放送された
『クイズ問題』を文章化したもので,2001年当時の状況と同局の歴史の
一端を知ることができる。
  (北京放送-今と昔案内)  http://japanese.cri.com.cn/japan/2001/Jul/23848.htm
  (北京放送-今と昔)その一 http://japanese.cri.com.cn/japan/2001/Jul/23838.htm
  (北京放送-今と昔)その二 http://japanese.cri.com.cn/japan/2001/Jul/23844.htm
  (北京放送-今と昔)その三 http://japanese.cri.com.cn/japan/2001/Jul/23845.htm

2006年に掲出された『私と北京放送』シリーズでは,沢山のリスナーが
北京放送との出逢いと,その後の歩みなどを,熱く語っている。

(坂田さん・一) http://japanese.cri.cn/205/2006/04/03/1@60055.htm
(坂田さん・二) http://japanese.cri.cn/205/2006/04/13/1@60945.htm

(高橋さん)   http://japanese.cri.cn/205/2006/04/20/1@61437.htm

(岩田さん・一) http://japanese.cri.cn/205/2006/05/04/1@62462.htm
(岩田さん・二) http://japanese.cri.cn/205/2006/05/11/1@62878.htm
(岩田さん・三) http://japanese.cri.cn/205/2006/05/18/1@63640.htm

(神宮寺さん)  http://japanese.cri.cn/205/2006/06/05/1@64923.htm

(原山さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/06/08/1@65220.htm
(原山さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/06/15/1@65762.htm

(北澤さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/06/22/1@66368.htm
(北澤さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/06/29/1@66927.htm

(原田さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/07/13/1@68192.htm
(原田さん・中) http://japanese.cri.cn/205/2006/07/28/1@69412.htm
(原田さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/08/03/1@69957.htm

(奥田さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/08/10/1@70543.htm
(奥田さん・中) http://japanese.cri.cn/205/2006/08/17/1@71225.htm
(奥田さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/08/24/1@71728.htm

(杉本さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/08/31/1@72336.htm
(杉本さん・中) http://japanese.cri.cn/205/2006/09/08/1@73011.htm
(杉本さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/09/14/1@73506.htm

(山下さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/09/21/1@74176.htm
(山下さん・中) http://japanese.cri.cn/205/2006/09/28/1@74776.htm
(山下さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/10/05/1@75227.htm

(長島さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/10/13/1@75898.htm
(長島さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/10/26/1@76896.htm

(樋口さん・上) http://japanese.cri.cn/205/2006/11/03/1@77677.htm
(樋口さん・下) http://japanese.cri.cn/205/2006/11/03/1@77677_1.htm

(大井さん)   http://japanese.cri.cn/205/2006/11/09/1@78091.htm

イメージ 1

CRI玄関ホール         見学コースのパネル    お便り満杯の大地球儀   FM英語放送スタジオ


― 訪問記の終わりに ―

今回の旅は,私にとっては4回目の中国訪問,3回目の北京訪問であった。
そして,これまでで,もっとも想い出深い旅となった。

海外に旅行するときには,いつも,その国から放送しているラジオ局を訪ねてみたい
と思いつつ,放送局の日常業務の邪魔になってはいけないと思い,実現することは
少ない。

今年の1月半ばの,ある夜,中国国際放送局から電話で,『紅白歌比べ・知恵比べ
の,審査協力リスナーの中から,抽選により,東京-北京間の航空券プレゼントに
当選した』 というお知らせをいただき,本当に驚いた。

今年,北京ではオリンピックが開催されることになっていて,放送局のスタッフも多忙
を極めていると思われたこと,又,7月下旬に私の旅券の有効期限が切れることなど
から,10月の後半に訪問したいと,当方の希望を伝えたところ,局側は快く応じて
くださった。

出発前の,訪問日程の調整作業から,帰国後の,訪問記原稿の加筆訂正まで,
多忙な業務の合間をぬって丁寧に対応してくださった,日本語部アナウンサー兼
記者の王小燕さんには,心から感謝申し上げます。

実は,この訪問記の第11回目 『CRI日本語部の一日を追って』 は,王小燕さん
へのインタビューを元にして,書いたものである。
彼女の一日は “チョー多忙” で,このときも,中国を訪問中の要人との取材時間の
約束を取るため,携帯電話を片手に持ち,先方と遣り取りをしながら,通話の合間
々々に,インタビューに応じてくださった。

王さんと共に日程調整をしてくださった黄恂恂さん,北京首都国際空港で到着便の
ターミナル変更というトラブルに巻き込まれながら,ちゃんと無事に出迎えてくださった
馬健さん,一日お仕事を休んで,オリンピック施設や北京首都博物館などの案内の後
も,夜遅くまでお付き合いくださった任春生さん,局舎内のオリンピック特設スタジオ
やFM英語放送のスタジオなどを詳しく案内してくださった姜平さん,そして,小生の
拙いBCLトークに聴き入ってくださった,日本語部の謝宏宇・部長さんとスタッフの
皆さん,本当に有難うございました。

黄恂恂さんは,ちょうどNHKのスペシャルドラマ 『坂の上の雲』(2009年秋から放送
予定) の中国ロケが行われていて,その通訳として東北地方に出張されていたため,
厳寒の地で寒さに震えている彼女と,電話ではお話をしたものの,お会いすることが
出来ず,残念でした。

元日本語部長の蘇克彬さんと第一アジアセンター副主任の孫建和さんには,お二人
の日本と中国に対する深い想い,これまでの苦労話,日本語部の若いスタッフへの
期待など,たいへん貴重なお話を伺うことができました。改めて,御礼申し上げます。

ちょうど,ここまで書いたところで,ビッグニュースが届いた。

『中国国際放送,人気度ナンバーワン』 ―
短波放送愛好者団体・日本短波クラブの会報 “SW DX GUIDE” 2008年11月
号が伝えている。
本年8月,東京で開かれた『ハムフェア』で,同クラブのブースを訪問したリスナーに
アンケート調査した結果である。

『日本語放送を実施している放送局』 の中でトップとなっただけでなく,日本語放送
を実施していない局を含めた 『全ての短波放送局』 を対象とした調査でも,トップに
なったと言う。

結びに,リスナーに向けた,王小燕さんの言葉を紹介したい ――
   この仕事をしていて 『本当に良かった』 と思うのは,私たちの番組を聴いて
   くださったリスナーから,反響が届いたときです。
   電波を通して,日本の皆さんと知り合うことができるのは,本当に素晴らし
   いことです。中国と日本の 『かけはし』 となる仕事に,大きな誇りを持って,
   毎日頑張っています。

   たった一言のメッセージで結構ですので,番組に対する意見や感想を,
   手紙や電子メールで,どんどん送ってください。苦言,提言も大歓迎です。
   それが,私たち,日本語部のスタッフにとって,最大の励みになります。

   そして,お便りをくださる時には,冒頭に 『番組名』 や 『番組の担当者名』 を
   書いていただけると,大変有難いです。

   私(王小燕)は,今,NHKラジオの中国語講座のテキストにエッセーを掲載
   中です。よろしかったら,ご覧ください。
   
中国国際放送局の日本語番組は,日本と中国の人々の相互理解を深め,以って,
未来に向かって世界の平和を実現することが,その使命であろうと理解している。

中国国際放送局の日本語番組が,両国の人々の 『かけはし』 として,その使命を
全うするため,若いスタッフがその力を結集し,リスナーの期待に応え,有意義で,
楽しい番組を沢山聴かせてくれることを願って,この訪問記を閉じる。

中国国際放送局日本語部の皆さん,本当に有難うございました。

一週間ぶりに陽が差し,青い空の下で,木々の葉が赤く染まり,そして黄色く輝く,
小春日和の東京から,中国国際放送局日本語部の皆さんのご健康とご活躍を
お祈りいたします。

(了)
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(注1)日本短波クラブの会報 “SW DX GUIDE”の購読申込みは,
jswchq@live.jp 宛に問合せること。

(注2)王小燕さんのエッセーは,『燕子看北京 つばめの北京レポート 』 と題して,
    NHKラジオの中国語講座 『まいにち中国語』 のテキストに掲載されている。
    最近号の11月号テキストでは,『北京パラリンピック ― 身体障害者と共に
    生きる社会へ』 と題して,四川大地震で重傷を負いながら,バレリーナになる
    ことを夢見る,11歳の少女の話を引用しながら,『パラリンピックが北京,
    そして,中国に残した財産はたいへん多い』 と結んでいる。

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(過去の記事)
訪問記 (01) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2501200.html
訪問記 (02) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2571454.html
訪問記 (03) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2611549.html
訪問記 (04) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2686873.html
訪問記 (05) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2728777.html
訪問記 (06) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2799306.html
訪問記 (07) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2933789.html
訪問記 (08) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/2969505.html
訪問記 (09) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/3009431.html
訪問記 (10) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/3064202.html
訪問記 (11) http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/3156751.html

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